コスモトラベルで行く

2014年5月8日
第C回
b
甘地小室天満神社名号堂昼食処(風和里)カマヤのグロ宝樹寺
屋形宿
岩戸神社
甘地の清水 播但連絡道(市川南)===.



午後からは地元のガイドさん の.ご登場です。
ココ市川町では、明治に出来た銀の馬車道の施設は殆ど残ってなく、
時代を300〜500年ほど遡って散策します。


まず、案内されたのが・・・カマヤグロ・・・
何のこっちゃ〜、チョッと手強そうですネ

屋形のバイパス沿いの少し西に、「カマヤのグロ」と呼ばれる薮があるのです。

手渡された資料は

東西60m、南北50mほどの土地が、高さ2mの土盛りで四角く囲まれています。
土盛りで囲まれた中には、戦国時代に屋敷があったらいです。
武将赤松政則の内室が病気静養のために住んでいたとされています。
「カマヤのグロ」は戟国時代に、敵からの防御のために屋敷の周囲に作られた
土塁の事でしよう。
カマヤとは、(かまえ=屋敷のこと)がなまったものと思われます。

臨時で来てくださったガイド助手?、元教師の方が持っておられた縄張り図です。





宝樹寺
兵庫県神崎郡市川町屋形384
前出の「カマヤのグロ」から、見下ろせるところにある立派なお寺ですが、
勝手な行動をしていたので、由緒・縁起はサッパリ分からず・・・
釈迦誕生仏に甘茶をかける「灌仏会法要」が、行われていましたが、確か
灌仏会は釈迦の誕生日の4月8日のはず?・・・旧暦と新暦の差かナ。

境内には、最近植えられたものらしいですが、
菩提樹と沙羅の木がありました。
菩提樹は、釈迦が.コノ木のの下で悟りを開いたとして知られています。
沙羅 (沙羅双樹)は、釈迦が八十歳で入滅したとき、臥床の四方にあった
二本ずつの沙羅の木で、釈迦の入滅を悲しんで、二本のうち一本ずつが
枯れたと云い、入滅と共にそれらが白く枯れ変じたとも・・・




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