2006年12月2日

C

馬越峠 〔相賀〜尾鷲〕

0
道の駅・マンボウにて昼食 =「道の駅・海山」 夜泣き地蔵
馬越峠 桜地蔵 馬越不動尊 尾鷲神社 JR尾鷲駅
=

0





道の駅「マンボウ」で昼食の後、バスで「道の駅・海山」まで移動
軽くストレッチして、いよいよ馬越峠へ向けて88名の出発です。



 


馬で越えれるから馬越峠?
馬が荷を積んでも登れるのだから、たいした山道ではなかろうと、
安易に考えていたら大間違い
峠越えの90%以上が石畳道。荒れている箇所もあるが、
敷石の美しさは、これぞ熊野古道の趣






夜泣き地蔵
瀬音と野鳥のさえずりを聞きながら石畳を進むと、登り口から575mの所に小さな祠が…
自然石のお地蔵様が祀られています。かつては旅の安全を祈ったと云われていますが
やがて地区の人々が子供の夜泣き封じを祈って「夜泣き地蔵」と呼ぶようになりました。






急坂を進むと、両側から シダ が迫ってきます。






馬越峠(325m)
紀北町と尾鷲市の境をなす峠で、今日のコースは伊勢路の中でも人気の道。
行き交うウォーカーズも多数、其のせいか石畳の苔は伊勢路十六峠の中では
少な目です。
   0

可涼園桃乙の句碑が建っています。「夜は花の上に音あり山の水」
江戸期の西国三十三所名所図会によれば、句碑の北側に岩舟地蔵があり、
向かい側に茶屋が立っていました。






桜地蔵(安兵衛地蔵)
馬越峠頂上から尾鷲市の方に降りていくと桜地蔵があります。レンガ造りの御堂の地蔵尊は、御堂を改築された 畦地安兵衛氏 にちなみ「安兵衛地蔵」と呼ばれています。その昔、旅人の安全を願って奉納されたと伝えられ、改築前は「石積みのほこら」だったそうです。






尾鷲の町が見えてきました

♪ 峠こえれば尾鷲が見ゆる、見ゆる尾鷲の宿の娘( こ )が…





馬越公園
公園の入り口に建つ鳥居をくぐって右へ折れ、200mほど行くと役の行者が開いたと言われている馬越不動があります。緑が迫る中を清冽な滝が流れ落ちる別天地で、岩肌をくり抜いて、不動明王などを祭る祠が並んでいます。






尾鷲神社
創基は大宝年間(701〜703)と伝えられています。
牛頭親王( 素盞鳴尊 )を祭り、大宝天王といって尊崇され、見聞闕疑集によると
「尾鷲神社自在往古大宝天王と唱来る牛頭天王を祭るとぞ。 
0
牛頭天王は素盞鳴尊の別名のよし。尾鷲七郷の氏神と仰奉る。
大宝年間中に勧請と云説もあれども不分明。古来之縁起記録もなし来歴不慥・・・」と
記しています。

文禄年間の彫刻とある
獅子頭は、昭和43年県有形民俗資料に指定されました。






本日のゴール・JR紀勢本線「尾鷲駅」






次は
風伝峠・通り峠八鬼山越え