2011年2月6〜7日
那智の滝めぐりと,神倉神社のお燈まつり

  那智・陰陽の滝 神倉神社のお燈まつり勝浦泊補陀洛山寺
補陀洛渡海体験船橋杭岩古座川の一枚岩江須島ウォーク


那智の滝めぐり
那智には60を越す多くの滝があるらしい・・・其の内、48の滝を瀧篭行の行場として
番号と諸宗教(神道を中心に、儒教、仏教、道教、陰陽五行説など)にもとづく名が
与えられていたものの総称が、
那智四十八滝です。

今回は其の内の『夜美の滝』・『牛たれの滝』・『陰陽の滝』を巡ります。
道無き道です、険しいです、危険です
48滝の一覧は ココをクリック



神倉神社のお燈まつり
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 『熊野権現垂迹縁起』には、
 昔、唐の天台山の王子信が高さ三尺六寸の八角の水晶となって九州の彦山に
 降臨しました。
 それから、四国の石槌山、 淡路の諭鶴羽山と巡り、 紀伊国牟婁郡の切部山、
 そして新宮の
 神倉山を経て、新宮東の阿須賀社の北の石淵谷に遷り、初めて結速玉家津御子
 と申した。
 その後、本宮大湯原イチイの木に三枚の月となって現れ、これを、熊野部千代定
 という猟師が
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 発見して祀った。これが熊野坐神社の三所権現であると伝えられています。

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神倉神社は熊野速玉大社の飛地境内摂社です。
新宮市西端の権現山の東南端を神倉山といい、その中腹に神倉神社の社殿はあります。熊野速玉大社からは徒歩15分ほどで神倉山の麓に着きます。参拝するには猿田彦神社と神倉三宝荒神社の左手にある朱塗りの鳥居をくぐり、自然石を組み合わせて積み重ねた「鎌倉積み」の、急な石段を登らなければなりません。
毎年2月6日夜に白装束の男たちが、その急勾配の石段を、火のついた松明を持って駈け降りる荒々しい祭が
お燈まつりです。この日だけは神倉山は女人禁制になります。



補陀洛山寺 &
補陀洛渡海体験
補陀とは、観世音菩薩が住んでいるとされる山。その補陀に近いと考えられ、
擬せられたのが和歌山県那智山です。
そして鎌倉・室町期、補陀洛の浄土をめざして補陀
渡海が流行し、その出発点と
なったのが熊野灘でした。

井上靖の短編小説「補陀落渡海記」には、周囲から追い詰められ、逃れられなく
なった住職
金光坊の、死に向う恐怖と葛藤が描かれています。
金光坊は寺の住職である以上、ある年齢に達したら渡海しなくてはならない。
しかし、死ぬのが怖く、しだいに嫌になってきます。 
いよいよ渡海の日、金光坊は小舟に閉じ込められ、沖に曳航されて行きますが、
綱切島という島まで連れていかれると、そこで舟の綱が切られ、同行人は引き返
してしまいます。
死ぬのがいやになった金光坊は舟から脱出し、近くの島に漂着しますが、同行人
に見つかってしまい、舟に戻され、結局、海に戻されてしまうという物語です。

            【 詳しくは、
ココココを 】

「補陀」が正解ですが、井上靖の小説は「補陀」と、なっています。

そんな
金光坊の恐怖の体験を味わってみよう…と、云う訳ではありませんが
沖の
綱切島辺りを、船で一周しました。

 昨夜の宿・勝浦温泉の忘帰洞も、海から眺めることが出来ました。