伊勢参宮本街道 〔第B回〕
尼ヶ辻〜天理


奈良・猿沢の池
奈良県奈良市の奈良公園にある周囲360メートルの池で、興福寺五重塔が周囲の柳と
一緒に水面に映る風景は、奈良八景のひとつとなっています。



ならまち
ならまちは、奈良県奈良市の現市街地南に広がる伝統建築群地域の通称で、狭い街路に、
江戸時代以降の町屋が数多く建ち並び、ほぼ全域が元興寺の旧境内にあたります。


元興寺は、南都七大寺の1つに数えられる寺院で、
蘇我馬子が飛鳥に建立した日本最古の本格的仏教寺
院である法興寺がその前身です。
平城京遷都に伴って飛鳥から新都へ移転されました。
曽我氏を滅ぼした藤原氏の氏寺・興福寺が、曽我氏の
氏寺・元興寺を見下ろす位置に在るのは、時代の大物・
藤原不比等の作為でしょうか〜

元興寺塔跡



帯解寺



子授け・長寿招福の神
楢神社


上街道〔上ッ道〕
上ッ道は、古代日本における官道のひとつで、近世においては上街道と呼ばれていました。
飛鳥時代に奈良盆地を南北に縦断するために整備された道で、現在の奈良市と桜井市を
天理市経由で結び、現在の幹線道路では国道169号線に相当します。
奈良から三輪明神・長谷寺・室生寺への参拝道として賑わったほか、京都・大阪から伊勢を
結ぶ伊勢参宮街道のひとつとして機能していました。



天理教の聖地のひとつ
櫟木分署跡


天理教では、人間の命の発祥地の中心を「ぢば」(地場)と称し、
教祖の「ぢばさだめ」という啓示で、その場所を定めています。
人々がこの地を訪れることは、故郷に帰ることであるから、
「おぢばがえり」と呼んで、そのため天理駅や天理市内の信者詰
所等には「お帰りなさい」や「
ようこそおかえり」などという看板が
見られます。


-終-




4回目は天理〜長谷寺