澤熊講師と行く 2011年9月12〜16日・4泊5日

日本百名城シリーズ
北海道
函館の五稜郭〜松前城〜根室半島シャチ跡群



松前藩屋敷
前船が行き来し、栄華を誇った幕末の松前を再現、近江
商人の家、ニシン漁の番屋など、約14棟の建物が並びます




松前藩墓所
松前氏ははじめ蠣崎氏を名乗り、室町時代に甲斐源氏・若狭武田氏の子孫とされる武田信広が現在の渡島半島の南部に支配を確立したという(『新羅之記録』)。




「日本最後の城」・「日本一新しい城」とも称される
松前城
石田城(長崎県五島市池田町)と並び日本における最後期の日本式城郭です。戊辰戦争の最末期に蝦夷が島(北海道)の独立を目指す旧幕府の軍(元新選組の土方歳三が率いていた)との戦いにおいて落城しました。天守や本丸御門などが現存しましたが、天守は太平洋戦争後に失火により焼失し。旧城内一帯国の史跡に指定されており、また、築城時から現存する本丸御門が国の重要文化財に指定されています。






2日めの昼食・松前の矢野


2日め行程を半分消化しました。
あとは江差へ立ち寄り、千歳の宿へ





江差追分会館で本場の江差追分を心ゆくまで堪能



江差の中村家
江差の中歌町に残されている旧中村家住宅は、江戸時代から日本海沿岸の漁家を相手に、海産物の仲買商を営んでいた近江商人の大橋宇兵衛が建てたものです。家屋は、当時江差と北陸を往復していた北前船で運んできた笏谷石)を積み上げた土台に、総ヒノキアスナロ(ヒバ)切妻造りの大きな二階建ての母屋、さらに母屋から浜側まで文庫倉、下の倉、ハネ出しまで続く通り庭株式で当時の問屋建築の代表的な造りとなっています。大正初期に大橋家から中村米吉が譲り受け、昭和46年に重要文化財に指定され、さらに昭和49年に中村家より町に寄贈。昭和57年に修復が完成し一般に公開しています。
 
 (江差町ホームページ)より




2日目はバス移動が大変な1日でした。
函館から松前・江差と走って、明日.根室へ向かう足場
の千歳まで、走行距離・計423km、バスで疲れました。
千歳の町の散策はパスして、早く寝るゾ〜

(雨降ってます)


ページを改めます。

お進み下さい