シリーズ源平を歩く〔A
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北区紫竹に
源義経が幼少期を過ごした「牛若」という地名やバス停が残っています。
常磐御前はこの地で牛若丸を出産、牛若丸と生母・常磐御前にまつわる史跡が点在しています。
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北山通と牛若通が交差する角にある常徳寺は常磐御前が牛若丸の安産を祈願して寄進したと伝えられる「常盤地蔵」奉られているが、拝観は出来ない。
北区紫竹東来栖町TEL:075−491−6480
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「牛若誕生井」と刻まれた大きな石碑が畑の中に立っており、その裏側に井戸がある。同じ敷地内には「胞衣塚」と言われる小塚があり、ここに牛若丸のへその緒と胞衣が埋められたという。
北区紫竹牛若町
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光念寺にも常磐御前の守り本尊「腹帯地蔵」が 祀られているそうだか、案内板が無いので?どれが〜?
北区紫野上野町TEL:075−491−0310
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紫野上野町バス停近くの「源義経産湯井ノ遺跡」と掘られた石碑がある。石碑には「この付近に源義朝の別邸があり、ここが牛若丸誕生の地である旨が記されている。
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今宮神社・大徳寺の近く 「常盤井」これが本当の義経産湯と云う説も・・・色々あってややこしい。
この辺り一帯が源義朝の別荘であり、長男今若、次男乙若、三男牛若が生まれたのは現在の大徳寺周辺であったことには間違い。
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「首途八幡宮」承安4 年(1174)16歳の義経は源氏復興に向けての旅に出ました。義経は奥州平泉を目指す旅の安全を、ここ首途八幡宮で祈願したと伝えられています。
京都市上京区智恵光院通今出川上ル桜井町
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右京区妙心寺近くの木辻通にある願王寺にも義経かどで地蔵尊が祀られている。木辻(きつじ)が金売吉次の「きちじ」の音に似ていることから、この地にも吉次の別邸があったと言われ、牛若丸が奥州への門出に際し、吉次の念持仏に旅の安全を願ったと伝えられています。
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二条城の南にある神泉苑。白拍子として活躍し舞の名手であった静御前(このとき15歳)は、神泉苑で催されていた雨乞い祈願に参加し、99人舞って降らなかった雨を最後の静御前が見事降らせました。
その一部始終を見ていた
義経(ことのとき27歳)は静御前の美しさに惚れて寵愛するようになったと・・・
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晴明神社がある一條戻り橋周辺に住んでいたとされる陰陽師・鬼一法眼が義経に兵法を教えた人物であり鬼一法眼秘蔵の兵法指南書虎の巻「六韜」義経戦法の原点とされている。
京都市上京区堀川通一条
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白峯神宮 
境内に祭られている
伴緒神社は弓矢、武道の神様として源為義源為朝父子が祀られています。
(十一月二十日には弓を射る神事が行われます。)

京都市上京区 今出川通り堀川東入る 飛鳥井町261番地 電話: 075-441-3810
この神宮に、サッカー上達のご利益があるのは、この地が代々蹴鞠の家であった公家の飛鳥井家から寄進されたもので、末社に蹴鞠の守り神”精大明神”が(地主神社内に)祀られているからで、毎年七月七日の精大明神祭では蹴鞠が奉納されます。
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五条から堀川通の西側を南へ少し歩くと、植え込みの中に左女牛井之跡と刻まれた石碑が立っている。
左女牛井は平安時代から京都の名水として知られ、源氏代々の邸宅六条堀川館の庭に取り入れられていた。広大な堀川館は武家の屋敷らしく堀川の流れが自然の堀をなし、郎党を居住さす棟や厩が多く造られ、遠くは義家、義経の祖父為義、父義朝、義経の従兄弟にあたる木曽義仲も、その義仲討伐のため京に入洛した義経も、この六条源氏館を宿館としていたとか・・・
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「五条天神」
義経と弁慶の出会いについて、室町時代に書かれた『義経記』には、2人の出会いは
五条天神とされている。                           京都市下京区西洞院通松原下ル
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五条大橋西詰めにある中央分離帯に、その出会いをイメージした牛若丸と弁慶の可愛らしい石像が立っている。しかし、現在地の五条大橋は豊臣秀吉によって造られた橋であり平安時代の五条橋は、現在の五条大橋より一つ北にある松原橋にあたる。 五条橋の決闘自体が『義経記』や『平治物語』などには出てこず、御伽草子の弁慶物語ではじめて登場することから、フィクションであるとされている。
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この石は高さ1メートルと少し程のもので、「弁慶が五条大橋から投げたもの」「比叡山から投げたもの」とされ「弁慶石」と呼ばれています。この石は、弁慶が幼少の頃に住んでいた三条京極にあったもので、弁慶の死後、その非業の死を迎えた奥州の高館に移されたが、ある日「三条京極にゆかむ!」と唸り、村に熱病が蔓延したため京に戻された、という伝説もある。
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次回は泉涌寺即成院(那須与一のお墓)から東山を北上する予定。