2010年6月15日


草津宿〜鳥居本宿〜摺針峠〜番場宿〜醒ヶ井宿



草津宿
京都から進むと、この草津宿は、中山道と東海道に別れる近江路随一の宿場町です。
中山道なら江戸まで129里10町8間、東海道なら119里18町1間となります。

東海道名所図会によれば、京都から下ると追分で『右へ曲がれば東海道なり。
直ぐに行けば木曽街道、中仙道、名護屋道なり』とある。この草津の宿の人口は
2351人、家の数は586軒、そのうち本陣が2軒、脇本陣が2軒、旅籠屋は72軒あ
ったという。


中山道と東海道の分岐点だった草津宿・・・名物の餅が旅人の口の慰めとなっていました。
広重、北斎の浮世絵や各種の名所図会にも描かれている『うばがもちや』がそれで、漢字
で書くと『姥が餅』。この商品名は、広辞苑にも「あんころ餅の一種。
滋賀県草津の名物。」と記載があります。
永禄十二年に信長に滅ぼされ近江源氏佐々木義賢に可愛い曾孫がおりました。
義賢が臨終の際、乳母である”福井との”を招き、後事を託し、息を引き取ります。
乳母は旨を守り、郷里草津に身を潜め、幼児を抱いて住来の人に餅をつくっては売り、
養育の資として質素に暮らしました。そのことを周囲の人たちも知り、乳母の誠実さを
感じて、誰いうことなく
「姥が餅」と言い囃したのが、今に伝わっているのです。




草津は道路の上に、川があります






立木神社
1200余年の歴史を有する、滋賀県隋一の古社です。旧東海道に面して鎮座し、
古くより交通安全厄除けの神社として信仰を集めてきました。境内には延宝8年
(1680)11月建立の銘がある県内で最も古い石造りの
旧追分道標が立つ。




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