2011年6月15〜16日







前回(5/11)ゴールの天白公園からの続きです。
アノ日は凄い雨でした。
木曽川のダム放流があり今回とは全然違う桃介橋
見比べて下さい。


スタート天白公園
南木曽町は、昔から地元の人が蛇抜(じゃぬけ)と呼ぶ
山津波(土石流)に襲われてきました。
現在でも蛇抜沢、押出沢、蛇抜橋などの過去の災害を物語る地名が
数多く残っており、沢筋には大転石がやたらに目につきます。
同じ沢に山津波が40年に1度ずつやってくると言う…
天白公園には、1953(昭和28)年7月20日の土石流の犠牲者3人の霊
を慰める
蛇ぬけの碑が建っています。
1953(昭和28)年7月20日
午前8時ごろ、始業直前の読書中学校を「伊勢小屋沢」の山崩れが襲いました。
学校の近くでは、1時間に50ミリを超すような非常に激しい雨が降り、辺りが白っぽく見えたといいます。大きな雨滴が落下するとき、空気抵抗を受け、しぶきをあげるため白く見えるらしいです。
沢近くに家を新築した土地の人が、傘をさして沢を見に行ったところ、流れが止まっていたので大急ぎで家に戻り、妻と2人の幼児を引きずるように飛び出しました。
その直後、家屋が土石流の中にのみ込まれます。教員住宅にいた新婚の教師は水流が止まったのに気づき、妻を校舎に避難させようと手を取り合ったところを、家もろとも土石流に押しつぶされ、妻は遺体となって発見されました。
南木曽町に「白い雨が降ると蛇抜けが起こる」「大雨の降り続いているのに沢の水が止まると蛇抜けが起こる」という言い伝えがあり、死者1人、行方不明者2人をだした、この悲しい惨事はまさに伝承のとおりだったのです。
沢の水が止まっているときは、上流で土砂のため天然のダムができつつある。
やがてダムが崩れて下流に土石流が押し寄せるのでした。
昭和35年8月に建立された「蛇ぬけの碑」に、次のような俚諺を刻んで後世への戒めとしています。
白い雨が降るとぬける
尾先 谷口 宮の前
雨に風が加わると危い
長雨後、谷の水が急に止まったらぬける
蛇ぬけの水は黒い
蛇ぬけの前にはきな臭い匂いがする



では、桃介橋を渡り
三留野宿
 から 野尻宿 へ向かいます。