2008年1月5日

江戸時代の古道・潮見 12`



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白浜とれとれ市場・(昼食) =三栖 珠簾神社長尾坂
関所跡ひるね茶屋水呑峠捻木峠潮見峠 覗橋

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潮見峠越えは、
中辺路を八上稲葉根一ノ瀬鮎川滝尻と各王子を辿るルートに対して
三栖王子の手前から方向を真東にとり、槙山山(796m)の山麓を越え、
中辺路町栗栖川に抜けるルートです。
登りも・下りも険しいコースですが、
「口熊野」といわれた田辺市から、熊野の霊域のはじまりとされる中辺路町
までを最短で結ぶルートとして、主に江戸時代に利用されましたが、最近は
忘れ去られ、訪れる人もほとんどなくなりました。


スタート地ちかくの珠簾神社で、本日の無事を祈ってから・・・
出発です。
此の辺りの注連縄は変ってますネ。

カイゼル髭のように、ピンと跳ね上がってますよ。

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長尾坂
石畳の道はすぐにきれ、舗装された道に戻り
・・・また山道に・・・
山道を進んで行くと民家があり、
右にある細い階段を上ると車道に出ます。




車道を進み続けると、左に曲がるようにと道標が出ています。
さらに坂道を上っていくと分かれ道に差し掛かり、
正面には「関所」と看板があります。
関所跡を過ぎて、みかん畑の急坂の途中に「ひるね茶屋」が現れます。
裏にトイレがあります。
・・・ここからゴールまでトイレはありませんので要注意ですョ。




ひるね茶屋から少し登ると、峠です。
熊野街道を往来する人たちがここで水を呑んだので

水呑峠と言われています。
旅人が休息をとるのに丁度よいところで、当時は茶屋もあり、
かたわらには
昼寝権現と呼ばれる小さい宮が祀られています。
先ほどの
ひるね茶屋はこの昼寝権現がその名の由来でしょう。

昼寝権現は、景色をながめながら休息するうちに寝て
しまったというようなことから、名がついたとされています


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平安時代から 鎌倉時代にかけての 熊野参詣道は、上皇や貴族を
中心に 市内下三栖の三栖山王子社から上富田町岡の八上王子社
に至る岡越えの道を通っていました。
しかし、この川沿いの道は 遠回りになるため、
南北朝時代 (14世紀) 頃より、一般庶民は、まっすぐに長尾坂から
潮見峠を越えて滝尻王子へ、そして遥か熊野三山を目指しました。
現在、潮見峠から滝尻王子へと下る古道の跡は確認できません。
室町時代から明治に至るまで熊野参りや西国巡礼の人々でに賑わい
一時はこの長尾坂を通る「潮見峠越え」がメインコースになりました。





捻木峠捻木
高さ約20m、周囲約6mあり・枝のねじれ具合がとても見事で、圧倒されます。
この杉の巨木には、安珍清姫の言い伝えが残っています。
安珍を追って槙山の中腹に差し掛かった清姫は、かたわらの杉に登りはるか
前方に逃げる安珍の姿を見つけ口惜しさのあまり杉の枝を捻じ曲げてしまい、
枝はそのまま.ねじれて育ち、大木になったということです。



潮見峠
捻木の杉から歩いて約2km先に絶景と云われる
潮見峠があります。
お天気が良過ぎて・・・逆光で・・・写真はダメでした。




潮見峠からバスが待つ覗橋までの1時間は、
すべて舗装の下りばかりの林道を歩きます。
ゴールは予定通り16:00着、
ココにもトイレはありませんので、バスで滝尻王子の古道館へ急ぎます。